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フィアット正規ディーラー、ガレーヂ伊太利屋は40年にわたりフィアットの新車・中古車・クラシックカーをお届けしてまいりました。

FIAT HISTORY

FIAT 508Sバリッラスポルト

1899年 初めてのフィアット車 3 2/1HP 


フィアットは1899年、ジョバンニ・アニエッリ(シニア)によってトリノに設立されました。FIATという社名の由来は、「トリノのイタリア自動車製造所」という意味の、Fabbrica Italiana Automobili Torinoの頭文字でした。早くもこの年には、初めてのフィアット車、3 2/1HPが誕生しました。 

その成り立ちはさながら馬車のようで、木材を主要な材料に使い、鉄板で補強したフレーム(シャシー)に、400rpmで4.2HPを発揮する水平対向2気筒の679ccエンジンを搭載。最高速度は35km/hでした。4人乗りですが、乗員が合わせに座る「ヴィザ・ヴィ」という方式でした。当時では、このシート配列は一般的でしたが、向かい合わせに座わっていると、おしゃべりに夢中になるかも知れませんが、交通量が少なかったから、これでもよかったのです。発売当時の価格は4200リラでした。 

FIAT 508バリッラ

1912年 大量生産が始まった ZERO 


 自動車会社として歩み始めたフィアットは、様々なモデルを手掛け始めましたが、1912年にはフィアットとしては初となる大量生産車である小型車、モデル「ZERO」を発表しました。この頃になると、自動車も一部の富豪だけのものではなくなり、少しずつではありますが、一般の人にも普及が始まり、フィアットはこうした需要の応えるため、ZAROを発売したのです。

エンジンは直列4気筒の1846ccで、19HPを発生しています。スタイリングはいかにもイタリアらしく、実に軽快です。同じ頃、アメリカではヘンリー・フォードによって、自動車メーカーとして始めてになる大量生産によって、モデルTが続々と作られ、大衆の間に自動車が急速に普及し始めていました。 

FIAT 3 2/1HP

1925年 自動車ローンが始まる 509 


509はフィアットとしては初となる1000ccの小型大衆車として誕生しました。いわば、現在の小型フィアットの原点というべきモデルです。安価な大衆車といってもメカニズムには手を抜いてはいないのがファットらしいところで、22HPを発揮するエンジンには、当時ではまだまだめずらしいOHCを採用したほか、4輪ブレーキ、低圧タイヤなどの新技術を採用。全長が3700mmと小型ながら、4人の大人がゆったりと乗車することができました。1リットルのガソリンで12.5kmを走ることができるという経済車でもありました。5年間に9万台を生産するという成功作でした。 

この509ついて忘れてはならないのは、このクルマで初めてフィアットが自動車ローンを採用したことでしょう。自動車がどんどん普及を始めると、購入したいと考える顧客は千差万別。現金は用意できないけれど、すぐにクルマが欲しいという人も現れてきます。フィアットはそうした声に応え、自動車専門のファイナンス会社であるサバ社を設立、自動車ローンによる販売を開始しました。その初めての対象車となったのが、509だったのです。 

509の発売に先立つ1922年には、さらに多くのクルマを安く供給するため、トリノのリンゴットに建設した新工場が操業を開始しました。屋上にテストコースを備えた革新的な工場でした。

FIAT ZERO

1932年 傑作大衆車が登場 508バリッラ 


1932年4月に開催されたミラノ自動車ショーで、フィアットは小型大衆車の最高傑作と評されるモデル508 BALILLA(バリッラ)を発表しました。なにが優れていたのかといえば、ズバリ、経済性でした。ランニングコストが低いこと、これこそ優れたファミリーカーの必須条件でしょう。20HPを発揮するバリッラの995ccエンジンは、信頼性の高さと、低い維持費、そして燃費がよいことを考慮して設計されました。 

508は、オーソドックスなクルマでしたが、完成度が極めて高く、価格は安く、堅牢で、もし故障しても安価で修理することが可能なように作られたのです。だからといって、クルマとしての機能を低めることなどせず、4段ギアボックス(初期には3段型)や、4輪に油圧式ブレーキを備えるなど、このクラスの小型大衆車としては進歩的な装備を持っていました。こうした美点が大いに市場を刺激し、生産を終えるまでの5年間には11万3000台が造られるというヒット作となりました。 

FIAT 509

1934年 美しい小型スポーツカー誕生 508Sバリッラスポルト 


優れた小型大衆車の508バリッラからは、キュートなデザインで小気味よいドライブフィールを持つ、小型スポーツカーの508Sバリッラスポルトが誕生しました。508バリッラの4気筒1000ccエンジンを36HPのチューンナップし、見るからにスポーティーな軽快なボディを架装して、スポーツカーを造り上げてしまったのです。もちろん価格は低く設定されていましたから、とても買いやすかったので、ヒット作となりました。ロードスターのほか、少数ですが、見るからに空力的なクーペも造られました。 

508Sバリッラスポルトは、安価なことから、スポーツカーとの生活を始めようとする人たちにとって、格好の登竜門となりましたが、決して見かけだけのスポーツカーではなく、その性能にはまったく文句の付けようのないものでした。パフォーマンスはレースでの使用にも耐え、たとえばイタリアで最も偉大なレースであるミッレミリアにもたくさんの508Sバリッラが出場し、好成績を上げました。現在では、美しいクラシック・イタリアンスポーツカーとして、508Sバリッラスポルトに人気が集まっています。 

FIAT 500トポリーノ

1936年 トポリーノ誕生 500 


優れたモデルを発表し続け、イタリアの小型車市場を席巻したフィアットは、さらに多くの人々に向けて、大量生産車としては世界で最も小さく経済的なニューモデル、500を発表しました。4気筒570ccエンジンを搭載した全長3.2mほどの小型車ながら、機能的には上級車種と比べても遜色なく、もちろん価格はそれまでのモデルよりも安かったですから、自家用を持つことを夢見ていたイタリアの庶民が飛びついたことは言うまでもありません。さっそく、その愛くるしい姿から、イタリア語で「はつかねずみ」を意味するトポリーノ(TOPOLINO)の愛称をつけられ、イタリア全土に増殖を始めたのです。トポリーノは第2次大戦中の中断期を挟んで、実に1955年まで生産され、総販売台数はおよそ51万台にも達するという、大成功を収めました。 

トポリーノといえば、1953年に制作されたアメリカ映画、『ローマの休日(原題:Roman Holiday)にも出演しています。また、トポリーノは大量に生産され、また安価であったことから、スポーツカー製作者にとっては絶好の素材となり、これをベースにしたスペシャル・スポーツカーやレーシングカーが数多く造られました。もっとも、それ以前の508バリッラなどフィアット製の小型車は、昔も今も、スポーツカー製作者にとっては最高の素材であり、イタリアにおけるモータースポーツの裾野を広げることに大きく貢献したのです。 






イタリアン・クロスオーバー フィアット500X



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