100年前、1人のイタリア人エンジニアが自動車の世界を一変させました。その人物はヴィンチェンツォ・ランチャ。 そして、そのクルマとはランチア・ラムダ。1881年、ピエモンテのフォベッロ村に生まれたヴィンチェンツォは、自動車革命のパイオニアとなりました。自由な発想で問題を解決していくランチアは、自動車革命の精神を完璧に体現していたのです。彼の技術的な力作、ランチア・ラムダがデビューしたのは 1922年のパリモーターショーでした。ランチアは傑作を生み出し、現代のモータースポーツの世界への扉を開くことに。その後10年間で、1万3,000台のラムダが生産されました。イタリアの偉大な自動車王朝のひとつを築いたにもかかわらずランチアは謎めいた存在で、その功績はあまり知られていません。しかし、2022年で記念すべきラムダ100周年を迎え、ランチア一族とランチアコミュニティの全面的な協力のもと、イタリアのベルリネッタフィルム社がドキュメンタリービデオを制作中とのこと。

 

 

 

このビデオは、ヴィンチェンツォ・ランチャの人生と歴史的に重要な自動車について、これまでで最も包括的に研究された作品となります。これまで未公開だったアーカイブにより、試作車をテストした峠、車を製造したトリノの街まで、彼が生きた証を再び見ることができます。また、現存する車両やランチアと仕事をしたカロッツェリア、専門家、エンジニアリング会社にも取材をおこなっており時代背景や歴史的事実もしっかりと収録。現在は寄付を募りながら、より良いものにできるよう日々制作中だそうです。

 

 

また、9月にはトリノをスタートするラムダラリーの開催も予定されています。100台のラムダを集めることを目標として参加者を募っているそうで、実現したときの光景は想像しただけでも圧巻!新型コロナウイルス感染拡大の影響もあり、実施可否には不安が残りますが今から楽しみですね。

 

改めてラムダをじっくり見たい方はこちらの車両をご覧ください。走行ビデオもありますので、パイオニアとなったラムダを改めて堪能できます。ランチア ラムダ S7 | Garage伊太利屋 (garage-italya.co.jp)

日本国内における新型コロナウイルス感染急拡大の状況を鑑み、当面の間ご来店は完全予約制とさせていただきます。また、ご来店の際はマスクの着用、アルコール消毒実施をお願いします。ご不便をおかけいたしますが、何卒ご理解、ご協力のほどよろしくお願い申し上げます。

 

ご予約は、03-5530-0080もしくはinfo@garage-italya.co.jpまで。

【 RESCUE THE PANDA! 】 
1976年創業 ガレーヂ伊太利屋と、日本の伝統工芸を車の一部として見事に誂えるKiwakotoのコラボレーションプロジェクト!
こちらのプロジェクトでは、ガレーヂ伊太利屋にて在庫している1998年 フィアット パンダ 4×4をベースに、世界に一台”日本ならでは”のパンダを一緒に創り上げてくれる方を募集します。
 
 
*キャンバストップ/5MT/左ハンドル/1100cc/走行距離43,800km
 
概算費用・ 車両本体価格:98万円(別途整備費 内容要相談)
・ カスタム費用:150万円~(※カスタム内容によって大きく変わります)
 
 
 
できることはアイデア次第。創りあげたいイメージだけでも大丈夫です。デザインをご提案させていただきます。
例えば・・・
・撥水加工を施した西陣織のルーフトップ
・表・裏の判別がつかない織り方でルーフをリバーシブル生地に
・パンダにちなんで銀糸(=白)と黒糸でルーフ生地をつくる
・シフトノブを漆芸(蒔絵)に
・ステアリングをレザー巻きに
・デニム生地で、トランクルーム用マットを製作
・七宝焼きで、オリジナルのABARTHエンブレムから
インスピレーションを受けた完全オリジナルを製作
・オリジナルで世界に一枚のプレート製作
・シートを西陣織やデニム生地に
・ダッシュボード周りをウッドに
・蒔絵を内張などにはめ込む
・フロアマットを華やか、ふかふか生地に
・ホーンボタンを漆塗
 
やってみたい!という好奇心旺盛な方、お問い合わせは下記まで。
 
info@garage-italya.co.jp
Tel: 03-5530-0080 (水曜定休となります)
 
 
 
Kiwakotoがこれまでに手掛けたクラフトカーについて、詳しくはこちらからご覧いただけます。https://kiwakoto.com/craft-car_service

新年あけましておめでとうございます。本日 1月6日よりショールーム通常営業となっております。

 

・・・が、初日からお台場は一面雪景色に。暖房をつけていても底冷えします。どうやら今夜は遅くまで降るようです。雪の後は路面凍結の恐れが大いにありますので、運転する際は(もちろん歩きでも!)十分にお気を付けください。くれぐれもサマータイヤでは走らないように・・・ スノーフレークマーク、 <M+S>マークがついていることをご確認ください。

 

オンラインショップ italstileでは、2022年の幕開けを祝い2022円(税込)以上お買い上げの方は送料無料キャンペーンを実施中です。(1月中のご注文が対象となります)現在、ランチア系のミニカーやバッヂが多数入荷していますのでチェックしてみてください。italstile

 

F40の純正ステアリング、テスタロッサ純正ステアリングなどパーツ類をお探しの方はGARAGE SALEをご利用ください。※こちらは送料無料キャンペーン実施しておりませんのでご注意ください。GARAGE SALE (shop-pro.jp)

 

 

いつもホームページをご覧いただきありがとうございます。

 

今年の営業は本日12月28日(火)までとなります。明日 12月29日(水)~1月5日(水)までは年末年始休業ですので、ショールームはあいておりません。(サービス工場は1月5日より営業)ご不便をおかけしますが、ご理解のほど何卒よろしくお願い申し上げます。休業期間にいただきましたお問い合わせ等は6日より順次ご対応させていただきます。オンラインショップについても同様となりますのでご了承ください。

 

本年もご愛顧いただき誠にありがとうございました。来年もガレーヂ伊太利屋をよろしくお願いいたします。

寒い日が続きますので、お体に気を付けてお過ごしください。

 

ガレーヂ伊太利屋一同

マセラティは、“マセラティ・クラシケ”プログラムを正式にスタートしたことを発表しました。マセラティ・クラシケ認定を受けた最初のロードカーは、ミストラル3700です。

 

マセラティ・クラシケはマセラティの自動車遺産を保護し、そのオリジナリティを高めるために設立された部門です。マセラティの顧客やコレクターに捧げられる特別なアシスタンス・サービスには、真正性を証明するプロセスも含まれています。そして、このクラシケで最初に認定されたロードカーは1969年3月に製造されたミストラル3700となりました。ミストラルは、歴史資料館が保有するすべての資料と照合され、徹底的な検証(300以上のチェック)を経てオリジナルであることの証明書を取得しました。

 

 

この証明書は、専門家からなる委員会によって保証されており、20年以上前のマセラティ車に加え、MC12やクアトロポルテの限定モデルなど、近年のものを含むスペシャルシリーズが対象となっています。このプログラムでは、コレクターやお客様とともに、車の保存や細部までオリジナルに近づけるためのレストアをサポートするサービスも提供しています。クラシケプログラムの次のステップは、2022年に予定されているマセラティによる一連の大規模なアシスタンスサービスであり、クラシケパーツの管理、レストアの支援とサポートが含まれます。オリジナルの設計に基づき、もはや市場で入手不可能なスペアパーツを製造することもメインとしておこなっていきます。このプロセスでは部品の外観を変えることなく、信頼性と機能性を向上させるために、最高の技術が使用されるようです。

 

マセラティ・クラシケのウェブサイトでは、このプログラムにおけるすべてのサービスや詳細を見ることができます。Maserati Classiche – Maserati classic cars | Maserati

クイリナーレ宮殿を舞台に、ランチアはブランドの115年の歴史と、イタリア大統領専用車であるフラミニアの60周年を祝いました。

 

ランチアブランドは、1906年11月27日、フィアットの従業員であり、自動車愛好家でもあったヴィンチェンツォ・ランチアとクラウディオ・フォゴリンによってトリノで設立されました。ヴィンチェンツォはフィアットに乗りさまざまなスポーツ大会で優勝し、すでに自動車業界では有名な存在でした。1908年に生産された最初の車 ランチア12HPは、低く軽い車体に、チェーンではなくドライブシャフトを装着し、明らかに型破りな存在となりました。100台以上の販売を記録するなど、当時としては正真正銘のサクセスストーリーとなったのです。これを機にランチアの名声は高まり、第一次世界大戦を乗り切りました。その後、ラムダ、アウグスタ、アプリリアなど高品質なモデルが続々と登場しています。

 

 

第二次世界大戦後の1950年には、世界で初めてV6エンジンを搭載したアウレリアを発表しました。このモデルはさまざまな大会で勝利を収め、ヴィンチェンツォの息子であるジャンニ・ランチアが公道での競争を目的としたレース部門を設立し、この部門はスクーデリア・ランチアと呼ばれるようになりました。

 

 

1956年、ランチアは高級車路線に移行。60年代のアイコンはフラミニアとフラビアで、フラミニアはフロントにエンジンを搭載し、前輪駆動を採用した初めてのイタリア車となりました。1970年代初頭にはスポーツ部門が復活し、ストラトス、037、そしてデルタと、20年以上にわたってラリーの世界を席巻することに。WRC 15回、コンストラクターズ&耐久世界選手権3回、1ミッレミリア 1回、タルガ・フローリオ 2回、カレラパナメリカーナ 1回など、ランチアは輝かしい歴史を残しています。

 

フラミニアは、1957年のジュネーブモーターショーで発表されました。2.5リッター V6エンジンを搭載し、豪華な内装と仕上げを施したハイクラスのフラッグシップです。1961年、ピニンファリーナはロングホイールベースの大統領専用オープンカー「335」を製作しました。この車は、エリザベス2世がイタリアを訪問した際に、ジョバンニ・グロンチ大統領が初めて使用したものです。数ヶ月のうちに4台のモデルが作られました。この伝統を引き継ぐために、旧ローマ法王庁の厩舎であるスクデリー・デル・キリナーレのサラブレッド馬にちなんで、ベルフィオーレ、ベルモンテ、ベルヴェデーレ、ベルシートという名前が付けられました。

 

 

象徴的なミッドナイトブルーに塗られたこれらのモデルには、ブラックのコノリーレザーシート、ドライバーと連絡を取るためのインターカム、大きなリアベンチシート、さらに2つの折り畳み式シートが付いていました。ジョン・F・ケネディやシャルル・ド・ゴールをはじめとする各国首脳の訪問や、イタリア統一100周年記念式典などに使用されたこの車両は、2001年に入念なレストアがおこなわれています。そのうちベルフィオーレとベルヴェデーレの2モデルは、現在もイタリア大統領や国の最高幹部が重要な場面で使用されています。ベルシートはローマの軍用車両歴史博物館で、ベルモンテは2001年からトリノの国立自動車博物館で展示されています。

マセラティ・ギブリが誕生55周年を迎えました。1966年11月3日、マセラティ ギブリは、トリノモーターショーのギアブースでデビューを飾りました。グランツーリズモのコンセプトに新しい解釈を加えたこの2シータークーペは、ジョルジェット・ジウジアーロによってデザインされたものです。「ギブリ」は北アフリカに吹く力強く暖かい風の名称で、大量の砂を運んできます。この車の速さや、技術的・スタイル的な仕様の「暖かさ」を考えると、この名前を採用したのも必然的です。

 

マセラティはギブリの発表において、スポーティでありながら控えめな印象を持つ車を提案しました。エンジンは、メキシコに搭載されていた8気筒の経験をもとに新設計されたもので、4,700ccで330馬力を発揮し、その後さらにパワフルな4,900ccのバージョンが登場しました。

 

ボンネットの高さを低くしてスタイルに余裕を持たせるために、エンジンにはレース専用のドライサンプを採用し、チューブラーシャシーの低い位置に搭載。これにより、この車の成功の礎となった、典型的な主張のある細身の外観が得られたのです。デザインはギア社に委ねられ、そこではジョルジェット・ジウジアーロがクリエイティブ・デザイン・チームに迎えられました。ボディとパッセンジャーコンパートメントの区別がなく、離れも重なりもせず、ひとつの面として結合されています。幾何学的で張りのあるラインですが、ジウジアーロの手にかかればその硬さを見事に和らげることができるのです。

 

ヘッドライトはリトラクタブルで、スリムなグリルがフロント全体を占めました。長くて低いボンネット、大きく傾いたウィンドスクリーン、余計な装飾のない完璧なプロポーション。三角形のリアピラーは独自のアイデンティティを持ち、後に他の成功モデルにも採用される象徴的なパーツとなりました。また、2シーターのインテリアでは、計器類が個々の部品よりも全体的なデザインに組み込まれているなど、従来との変化が見られました。その結果、グランツーリスモでありながら、マセラティの特徴である高級感、力強さ、快適性、そしてレースをテーマにしたデザインが実現したのです。

 

 

1966年11月3日のトリノモーターショーで発表されたギブリは、1967年に市場に投入されました。翌年にはインテリアが一新され、5速マニュアルトランスミッションに加えてオートマチックトランスミッションもオプションで用意されています。1969年には、ハードトップを装備したスパイダーバージョンも登場し、1年後には両モデルに4900ccエンジンを搭載した「ギブリSS」が登場し、市場での確固たる地位を築いたのです。

 

1967年から1972年にかけて、128台のギブリ・スパイダーと1,200台以上のギブリ・クーペが生産されました。そのうちの1台はヘンリー・フォードが購入し、デトロイトにあるフォード製品開発センターのロビーに模範として置きインスピレーションの源としたといわれています。今もなお、ギブリは常にアイコニックなクルマとして位置づけられおり、インスピレーションを与え続けている重要な一台といえます。

本日は55周年を迎えたマセラティのお話し。1966年10月6日、第53回「パリ自動車見本市」が開催され、イタリアンGTカーの最高峰といわれるマセラティメキシコがデビューしました。

 

カロッツェリア ヴィニャーレがデザインしたメキシコは、洗練された完璧なラインを持つ美しい車でした。マセラティスタイルのエレガントな2+2クーペであると同時に、パワフルでスポーティなハートを持っていました。そのボンネットの下には、450Sに搭載されたレーシングエンジンのロードバージョンが隠されています。このエンジンは、クアトロポルテ、5000GTに続き採用されたものです。

 

 

 

車名がなぜ“メキシコ”なのか?昔、メキシコ人の顧客が1961年にメキシコのアドルフォ・ロペス・マテオ大統領が所有していたといわれる5000GTアレマーノを購入したのですが、事故を起こして修理のためにモデナに持ち込みました。工場を訪れたその人物が、ヴィニャーレがデザインしたプロトタイプに大きく感銘を受け、どうしても購入したいと言い、そのボディワークを自分の5000GTのシャシーに移植したそうです。このようなことが重なって、将来のモデルに「メキシコ」という名前が付けられたと言われています。

 

 

発売当初は、260馬力の4.2L V8を搭載して最高速度240km/h、290馬力の4.7L V8を搭載して最高速度255km/hを実現しました。本革シート、電動ウィンドウ、木製ダッシュボード、エアコン、サーボアシスト・ベンチレーテッド・フロントディスクブレーキなどを標準装備したメキシコは、スタイルと装備の両方で人々を魅了する存在に。AT、パワーステアリング、ラジオはオプションとして用意されていました。インテリアは「イタリアンスタイルのラウンジ」と表現され、イタリアのアイデンティティとマセラティのトレードマークであるクラフツマンシップが表現された空間に仕上がっています。

 

55年前が経ってもなお、メキシコは卓越したデザインとパワーの象徴であり続けています。

 

 

東京都における緊急事態宣言の解除を受け、10月1日よりご予約なしで来店いただけます。
ご来店にあたっては、下記注意事項のご確認をお願い申し上げます。
 
① ご来店時は、検温及びマスク着用のご協力をお願いします。
②  駐車場には限りがありますので、グループ等複数台でのご来店はお控えください。
複数台になる場合は周辺のコインパーキング等ご利用ください。
③  車両購入ご検討のためのご来店は、事前にご連絡下さい。(担当スタッフが不在の場合がございます)
 
何卒ご理解、ご協力のほどよろしくお願いいたします。